4月は、9日間走り、総距離は130キロ。
これは、15日に土浦でかすみがうらマラソンでフル(終盤の10キロは歩いた感じ)に出ている関係で距離を稼いだ感あり。
ほかには、ランニングに関して改良、改善した点はないなあ。
全体に停滞というか、逆に退歩してるんじゃないか。
もろもろ、意欲を持たないとだめだ。
4月は、9日間走り、総距離は130キロ。
これは、15日に土浦でかすみがうらマラソンでフル(終盤の10キロは歩いた感じ)に出ている関係で距離を稼いだ感あり。
ほかには、ランニングに関して改良、改善した点はないなあ。
全体に停滞というか、逆に退歩してるんじゃないか。
もろもろ、意欲を持たないとだめだ。
4/15、土浦市で開催のかすみがうらマラソンに初参加。
昨年は、震災直後とあって、中止となり、今回は2年ぶりの開催とか。
会場はJR土浦駅からもほど近く、自宅から上野始発の常磐線に揺られて行った。

暑くなりそうなので、途中で半袖だけにしようと、長袖の上に、2012東京マラソンのTシャツを重ね着。
スタート前は、余裕だね。
スタート地点には、アントニオ猪木、長渕剛、清原、桑田、ヨンさまといったビッグネームがいたな。

さて、本番。
20キロを2時間30分。
決して悪くない。
自己ベスト5時間20分更新も念頭に置き、いけそうな気がしていた。
しかし、25キロ以降はもうダメ…という感じ。
30キロ過ぎて、ブレーキがかかった。
35キロが2時57分。制限時刻の4時までに7キロを走ればいいのだが、もうどうにも足が動かなかった。
キロ8分のペースで超ゆっくりででも走ればギリギリ間にあったのだけれど。
4時、花火が鳴って、大会終了を知らせた段階で、残り2キロ。
後ろから、「最後の回収バスに乗りたい人は手を挙げてください」の声が聞こえた。
乗ろうか、とも思ったけれど、結局バスを見送り、2キロをとぼとぼ歩く。
制限時間6時間を超えたので、ゴールはしたものの公式記録はなし。
手元の時計では6時間22分
途中1度もトイレに行かなかったのは初めてだが、タイム的には2月の東京マラソンと実質的にはそれより悪い感じ。
どこが悪かった、失敗の原因は…。
さて、
過去5回のフルマラソンでは、途中で沿道の声援や、自分の来し方に思いを馳せるとき、「グッ」と来る瞬間が何度もあった。
今回はそれがなかった。
なんか、やはり気力で負けていた。
でも、ゴールまであと300㍍。
一人の、おじさんが、「あと300。もう終わるよ!」と声をかけてくれた時に、グッと来たね。
東京マラソンに比べると、昨年11月に出た同じ茨城県のつくばマラソン、このかすみがうらマラソンも、ずいぶん田舎道を走るのだが、その沿道で応援し、手伝いをするボランティアの人たちには改めて感謝だ。

毎度のことだが、妻が迎えに来てくれたので、助かった。
帰りは、上野まで特急列車に乗って帰った。
妻に改めて感謝。
3月は6日走って85キロ。
少ないね。
やはり100キロ超えるつもりにならないと。
平日にできれば2日、1日でもいいから走りたいが、いまだにやっていない。
先週末は、息子と2泊3日で九州旅行に行ったので、ノーランだった。
きょうは久々のランニングながら、12.5キロを時速10キロにあと一息の1時間15分台でした。
調子はまあまあか。
今年に入ってキロ6分に近いペースで走るとひざに痛みが来ることが多かったが、きょうはまったくなし。
にしても、体重がまったく減っていないので、タイムも伸びないわ。
東京マラソン2012 振り返り
自分にとって5回目のフルマラソン。
スタート地点の都庁に向かうため、地下鉄新宿線新宿駅を降りたのが午前7時42分。
都庁周辺に入るには、参加者ナンバーを見せて、ボディチェックを受ける。
そして、ドリンクやバナナをもらい、しばらく時間をつぶし、有明ビッグサイトに向かうトラックに荷物を預けたのが8時15分。
スタート地点は、A~Kまでタイム順にブロック分けされるのだが、僕はお尻から2番目の「Kブロック」に入る。
その時点で8時半。
「ああ、スタートまでまだ30分もあるのか…」
気温は低い、空は曇りで日差しもないが、それなりに人が多いので、寒さはそれほどでもない。
何度も時計を見ながら、スタートを待つ…。
「いかん、寒いから、また催してきたぞ。大丈夫かなあ。朝は家を出る前にきばったし、神保町の駅でも用足しをした。でもあれから1時間半弱たってる。持つかなあ…」
周りを見ると、トイレに行き直す人の姿も…。
「まあ、走り出せば、しばらくは持つだろう…」

9時になった…。
いっこうに列が動く感じはしない。
「このブロックだと、慎太郎都知事がいるスタート地点はまで15分はかかるから仕方ないよな」
それでも、動かない。
9時5分、打ち上げ花火の音がした…。
あれ?
「そうか、スタートは9時ジャストじゃなかったっけ…」
9時5分に車いすマラソンから始まり、フルと10キロマラソンは10分のスタートなのである…。
列が動き出したのは、9時20分。
「やっとか…」
慎太郎サン、相変わらず元気だ。ここにたどり着くのに15分。

「さあ、やっと動き出したぞ~。ここで慌てず、焦らず、だ」
都庁舎を抜けて、西新宿にいる間にも仮設トイレに並ぶ長蛇の列。
「ここはガマン、ガマン…曙橋あたりまでは持つだろう」
西武新宿手前の大ガード下を抜けて四谷方向へ。
少しペースが上がってきた気がする。
「キロ7分を守るんだぞ。キロ7分で、まあ、20キロは行きたいな。それでいけばハーフを2時間30分で行けるだろう。ならば、夢の5時間切れもあるって? へへへ…」
さて、腹の具合はどうだ?
「うん、悪くない。大も小も催す感じはないぞ」
靖国通りを西へ。新宿5丁目の信用組合の支店前にトイレがある。
「去年はスタートから2キロほどでもうここでトイレに並んじゃって、ひどい目に遭ったよな。あれで20分以上待たされたっけ…。うん、大丈夫、このまま走れるぞ…」
市ヶ谷の自衛隊前も過ぎた、飯田橋を過ぎて5キロだ。
「5キロのラップは…と…。34分台。うん、悪くない、この調子で攻めていけばいいぞ。いけるいける」
神保町周辺からから竹橋、内堀通りに入り、遠くに大手町と見慣れた景色に囲まれながら、皇居前を走る。
そろそろ10キロだ。
「ここらでちょっとトイレタイムも悪くないかもな」
それほど長くない列についてトイレに並ぶ。
自分の前で、個室が空いた。
「そうだな、ここで出しといたほうがいいだろう」
ちょっと気張って、出すものを出して、再びコースへ。
※5キロから10キロのラップが45分かかったのはトイレに行ったから。
品川方面に向かう道をひた走る。
三菱自動車、NECと大企業の本社が並ぶ。
「長谷工のIさんが本社前で応援してるって言ってたな」と左手を見るが、その姿は見あたらず。
「品川駅の先で折り返すから、帰りにもう一度見てみよう」
15キロのラップは1時間56分台。
「おいおい、キロ7分ペースなら10分以上遅れてきたぞ」
折りかえすころから、どんどん抜かされ始める。
「どうしたんだ。僕の脚は。20キロも来てないのに、前に出なくなってきたぞ…」
だんだん、下を見て走るようになってきた。
「こ、こういうときは、きれいなお姉ちゃんを捜すんだ。その後ろを走るんだ…」
しかし、女性ランナーの姿は少ない。
おばあちゃんに近い、おばちゃんランナーばかりだ…。
「ううんー、しかし、足が重い。とにかく浅草の手前25キロまでは走り続けたいな」
20キロのラップは?
「2時間35分か。予想より5分遅れだけど、まあ、途中でトイレも行ってるから、取り戻せるかな」
銀座、日本橋を抜けて、下町…スカイツリーも見える地元に近づく。

「ますます足が重い。こりゃ、まずいなあ」
25キロは…。
「3時間24分…ああ、ダメだこりゃ…」
江戸通りを浅草に向かうが、雷門手前でもう足が止まった。
『がんばれ~、がんばれ~』
「声援、ありがとう! 見ず知らずのおっさんに、ありがたいなー。でも、足がいうこときかないや」
雷門前をぐるりと周り再び江戸通りに入り、再び銀座方向に向かうのだが、もう足は進まない。
とぼとぼ歩く感じだ。
吾妻橋前に、知り合いの女性カメラマンがいた。
「もーダメ。リアタイアしそう…」と泣きを入れる。
『ダメですよ、がんばってください』と激励され、彼女、一応僕の写真を撮ってくれた(もちろん紙面には載らず)。
「が、がんばろう…」
ゆるゆると進む。
「もうちょっとで、30キロ地点の浅草橋だ。あそこではいつも温かい缶コーヒーを飲んで、走れたじゃないか…」
コースを外れ、自販機でUCCの缶コーヒーを飲む。缶入り汁粉と迷ったが、いつものようにコーヒーを飲む。
「よしっ! これでエネルギーをもらったぞ」
しかし、100メートルも行かないうちに足は止まる。
30キロのラップは4時間20分。
「ああ、もう収容車(大型バス)に乗せてもらったほうがいいな…」
国道14号線(靖国通り)を越えると東日本橋。そこの歩道橋の下で、前は妻や子が応援してくれたっけ。
女房は一応、応援に来るって言ってたけど。そこで、携帯から電話してみた。
「水天宮前に居るって? ああ、2時くらいだね、そこに着くのは…」
1時56分に、水天宮前に。
女房がいた。
『ナオト(息子の名前、期末試験が近いので来なかった)が、〝お父さん、今回はムリなんじゃね…〟って言ってたよ』
「なぬっ! ここでリタイアしたんじゃ、父親のコカン、いや沽券にかかわる。うん、なんとか、完走するわ…」
カラ元気の表情を見せてみた。

このあたりでは、もう周りも、結構歩いている人が出ている。
僕も、もうこれ以上はムリという心境。

毎年、コスプレが楽しみな東京マラソンだけど…。
今回、印象に残ったのは、
スカイツリー

浅草には、カネゴンがいたな。

宗教の宣伝とか。

すごかったのは、コレ↓ホンダの業務命令?

スタート時点では、脚も履いてたみたいだけど。
で、よくよく見るとコチラ↓ 分かる?

業務命令ではないんだね。
↑こういうシャレが一番いいね!
他には、スーツとかディズニーキャラ、マリオ&ルイジとかありきたりだったね。
去年、一昨年に見かけた十字架を背負ったキリストがいなかったのが寂しい。

↑去年の写真だけど、インパクトあるよ、この人。
さて
日本橋から京橋、そして再び銀座へ。
沿道にはまだ応援する人の姿が結構いる。
だらだら歩いていたら、
『気持ち入ってないよ! 腕だけでも振りなよ!』と男の声が僕に向けられた。
こんな見ず知らずのおっさんに…。
「僕の気持ち、見透かされたね。ホント涙が出てくるアドバイスだよ。マラソンは人生だねー。が、がんばらなきゃ。ここであきらめたら…」
それでも、やっぱり100メートルも行けない。
気持ちを入れ替えようと、2度目のトイレタイム。京橋の警察博物館前は誰ももう列なんかない。
そこに飛び込み、しゃがんで脚の筋肉を伸ばした。
「さて…と、まあ制限時間(7時間)でゴールすりゃいいや。早歩きなら間に合うだろ。うん…」
と思っていたら、
『この先35キロの関門はあと7分で締め切られますぅ~』のアナウンスが。
「え!? あとどれくらいあるんだ?」
沿道のスタッフが、『この先1.4キロですよー。急いでくださーい!』
「え? え? 1.4キロを7分で? 絶好調の時でも走れるかどうかだぜ???」
走りましたよ、走りました。
築地でしたよ、関門は。
「ふー、命拾いしたなあ。もうこれが最後の関門だろ、あとはのんびり行くか」
「35キロで5時間15分か。本来なら、ゴールしておきたいタイムだよな。3年も走ってきた、これかよ…」
それでもあと7キロだ。
築地を離れ、豊洲へ。
佃大橋、ここの上り坂がツライが、いつもなら「ロッキー」のテーマを大音量で流して、鼓舞してくれるのだが…。
「いない、ロッキーがいない! 遅いから、もう帰ったんだろうか」
(新聞記事を読むと、確かに流れていたそうだが…)
江東区に入ると一気に新地。高層マンションは建ち並ぶが、なんとも寂寥感が漂う地だ。
足はますます重く、ひたすら歩く。
40キロは、6時間…。
「あーあ、去年11月のつくばマラソンより悪いじゃねえかよ。情けない」
それでも、あともうすぐだ…。
ラスト195メートル!

「つらかったー、涙が出る。マラソン5回めだけど、ラクじゃないよね。とにかくゴールまで来たことに感謝だ」
トップとはこんなに遅れている。
「ライバルの川内は1位でゴールできたのかなあ」


さすがに疲れた…よね↓

6時間後半でゴールしてる人たち、もう走る人もいなくて、なんか寂しい雰囲気が漂ってた。
お笑いのオードーリーの春日がインタビューされてた↓

ラップと公式タイムはコチラ↓

2回のトイレタイムを引いても、6時間20分はかかってるね。
ちょっと、情けない結果でした。
4月15日の、「かすみがうらマラソン」でリベンジのつもり…。
「もう走りたくねー。でも、行けるとこまで行くか…」

日曜日開催の東京マラソン。
有明のビッグサイトに行って、ナンバーやTシャツをもらい、毎度のことですが、お祭り気分を味わってきました。
例年なら、入口には、浅草雷門の提灯に似たオブジェがあったのですが、今年は地味でしたねえ。
浅草の観光PRの場で、きれいどころと記念写真を撮ってきました。

マラソンとは何の関係もない写真ですね。
でも、東京マラソンEXPOはスポーツ関係の企業のほか、東京都や諸団体、この写真の場合は、台東区の観光PRなどの場にもなっているのでした。
「僕…浅草は近いんですよ。押上です」と彼女たちに言ったものの、無反応でした。
しかし、写真ではちゃんと笑顔なのは、"プロ"って感じだねえ。
1月はのべ9日走り、総計90.1キロ。
時速10キロ超で好調に12.5キロを走ったりすると、その後は膝に来て、走れないということの繰り返し。
ランニングを始めて3年3カ月。
いろいろ不調はあったが、膝に来たのは初めて。
問題の、というか肝心の減量はまったく進んでおらず、「正月太り」をやっと解消したというレベルで、あと2週間で減量がかなうとも思えず。
1月後半に買った小説「冬の喝采」がいろいろと参考にはなった。
黒木亮という主に経済小説で知られる作家の自伝的小説。北海道の高校生時代に中長距離ランナーで活躍するも、けがで挫折。一般入試で入学した早稲田で、2年生になるときに競走部に準部員扱いで入部し、3、4年時には箱根駅伝に出場するまでになった話。
この小説の中でも、もともと痩せている人がさらに減量する苦労がつづられている。
ヤセなきゃダメなのね…。
12月は7日走り、総計距離は77.4キロ。
2011年の合計距離は1092キロ。
過去に遡ると
2010年893キロ
09年988キロ
08年 98キロ(08年11月からランニングスタートなので)
昨年はランニングを始めて4年目(実質3年)で最も走行距離が多かったことになる。
今年もこのペースで、とは思っているが、マラソンへの出場回数を昨年の2回から4回くらいにはしたいな、と思っている。
12月に、平河町のアディダスランベースに行き、指導を受けたせいかいくらかタイムは上昇している。
12.5キロを時速10キロ超で走れるようになった。
しかし、そのスピードにすると、やはり脚、ひざに負担が増える感じ。
きょうも、きのうに比べると走り始めて5キロくらいでフルンマラソンの30キロ過ぎのような疲労感を覚え、かなりのペースダウンで8キロしか走れなかった。
やはり、体重を決定的に落とさないと難しいかな、と思う。
きのう27日は、つくばマラソンに参加。
先月の福島のハーフマラソン出場後、急遽エントリーした「レース」だ。
本来は7月に締め切られていたが、「レイトエントリー」という区分で、2000円多い、7000円を払って出場した。
遅くに申し込んだので、大会パンフにも僕の名前は記載されていなかった。
さて、レースだが…。
結果、制限時間の6時間ぎりぎりのところでゴール。
後半に想像以上のペースダウンとなってしまった…。
あと3カ月を切った東京マラソンへの課題がいくつも浮かんだ格好だ。
やはり、減量しないと、タイムは縮められない、と思う。

つくばマラソンのスタート&フィニッシュは筑波大学構内。
初めて行ったが広々としたキャンパス。東京より黄葉が進んでいた印象。
自宅の押上からは北千住まで8分、そこから新幹線級の速さを感じるつくばエクスプレスで研究学園駅まで行った。
とにもかくにも、ゴール後は、ほっとした気持ちでいっぱいだった。


ゴール地点の筑波大陸上競技場には妻が「応援」に来てくれたが、ゴールのタイムが想定以上に悪く、かなり待たせた格好。それでも、フル完走後の疲れた体には迎えの家人は頼りになった。ちなみに息子は風邪気味だったので、来なかった。
27日にはフルマラソンを走ったものの、11月は左足ふくらはぎの調子が悪く、、ランニングしたのは8回。
うち、3-4キロしか走らなかった日が2日。
フルで42キロもかせいだのに、合計距離は94.3キロにとどまった。
まずは、昨日30日に走った「ゼビオ猪苗代湖ハーフマラソン2011」(記事=http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4144&blockId=9902845&newsMode=article)。

磐梯山、そして猪苗代湖といった風光明媚な景色の中を走る、と思っていたのだが…。

周りは稲刈りの終わった田んぼばかり。
ゴール近くのラスト3キロ弱でやっと猪苗代湖が間近に。

全体からいえば、いい景色はここだけ。
ひたすら、田舎道を走る感じだった。
しかし、タイムは予想の2時間30分を大幅に上回る、2時間15分で完走。
50代(くーっ…)のクラスでは306位でした。50代が何人かは不明。

番号の前のアルファベットはA=10・20代、B=30代、C=40代、D=50代、E=60代以上というもの。
これを全参加者がつけているわけだけど、50ー60代でも結構速い人がいて、びっくりした。
筋肉痛がひどかったけど、やっと治ってきた。
11月末のつくばマラソン(今度はフル)も、先着順で間に合うかどうか分からないが、応募してみた。
さて、10月のランニング内容。
7日走り、総距離は89.7キロ。
きのうのハーフで稼いだ感じ。
by makoto621
かすみがうらマラソン2012…